世界でいちばんしあわせな国、その3 Why Denmark is the happiest country in the world, v.3

I have been writing about "Why Denmark is the happiest country in the world" because I wish to introduce Danish, or Scandinavian society, how they have developed a society where children are allowed to be children, people are allowed to be humans. I have been often hearing very sad news from Japan, about abused children, suicided children, and me myself have sometimes experienced difficult time there being a child back then and being a woman, or just human sometimes, even though it is also a wondeful place, the country where I come from. By looking Japan from outside, and by meeting people and learning society of Denmark, I have found many things which Japan, or the rest of the world can learn from.
So many Japanese people love Danish and Scandinavian designs, but I feel that not many are aware of how the society is and how people live in Scandinavia. That is also why I wish to use my opportunity to introduce more about people and stories behind designs and moreover about the Danish and Scandinavian society, and hoping to make a little good changes in Japan (and the world)..maybe I am a bit naive but that has been my wish when I started my shop. And I so much wish to write everything also in English, as well as other articles in my blog, but unfortunately I don't have much time now..but someday I would write everything in both language. I hope you would find it interesting when I have done that someday.

世界でいちばんしあわせな国、その1と2はここでご覧頂けます。

写真は、去年のクリスマス頃のぐーちゃん。
最近、ぐーちゃんの動きがとみにはげしく、あまり写真を撮ることが出来ていません。笑
10月1日から、やっと空きの出来た保育園へ通いだしました。今まで、10人くらいの保育ママを転々とせざるをえず、大変だったけど、やっと安定した毎日です。同じ場所へ毎日預けられることの安心感は本当に大きいです。本人も、たくさんのおもちゃやお兄ちゃんたちも含めた子どもたちが嬉しかったのか、私の懸念をよそに、初日からのびのび楽しそうで、迎えに行くと、まだ遊ぶ!というほどでした。

朝6時に突然、保育ママセンターより電話があって、今日はどこそこへ行ってください、と言われ、慌てて地図を調べ、初めての場所にぐーちゃんを連れて行く心配な気持ちをもたずにすむ安心感・・・

社会福祉の充実したデンマークでも、保育士さんが不足しているという問題があり、どこの保育園も空き待ちで、新米ママパパにとっては頭の痛い問題です。
デンマークは共稼ぎをベースにした社会なので、専業主婦はほとんど全くいません。
また、赤ちゃんはみな1歳になる前にほぼ全員、父母が産休中だろうがまだ働いていなかろうが、保育園または保育ママ(個人で数人の赤ちゃんを自宅で預かる準保育士さん)のもとに通いだします。
子どもは子どもと遊ぶのがいちばんとは本当だと感じます。
まだ一緒に遊べなくても、赤ちゃん同士の電波?のようなもので会話しあっているというか、お互い気にしあいながらそれぞれ遊んでいると、母子2人きりで1日中すごすよりずっと穏やかだし、発散するものがあると思います。お母さんにとっても、ほっと一息できるとき・・・
日本では、保育園に送るなんて、可哀想・・といわれることも今でもあると聞きました。
いちばん最初はママとはなれることが悲しくて泣いても、子どもたちが子どもたちのいる場所で一緒にすごすことでどんなふうにいきいきするか、見た人はわかると思います。もちろん、その場所は安心な、子どもたちのことをきちんと見守ってくれる人がいる場所でなければならないし、生後ある程度の月齢をすぎてからでなければならないけれど。

デンマークで虐待が少なく、より防げているのも、母子の密室保育でなく、人の目が行き届いているからだと思います。虐待されてしまっている子どもをいち早く救い、また、親も、ただ罰するだけということはしない社会です。ちなみに、虐待だけでなく、どの犯罪に関しても、再犯率のとても低い国です。行き届いたきれいな人間的な刑務所では、罰することではなく立ち直ることを目的にされます。そんないい刑務所だったら、戻りたくて犯罪起こす人がいるんじゃないか、なんていわれたこともありますが、刑務所を出ても自立し人間らしく生活できる、見捨てられない社会だったら、刑務所に戻りたいと思う必要もないのです。だから、再犯率が低いのです。

虐待があった場合、問題のある、でも修復の可能性のある親子は、普通の家と変わらない、プライバシーもある場所、でも同時に専門知識のあるヘルパーさんが常時目を行き届かせられる施設に住み、親は育児のリハビリ、子は守られ傷を癒せるような形で、見守られながら、大丈夫と認定されるまで住める、そんな場所がデンマークにはあります。テレビのドキュメンタリーで見たのですが、きれいな普通の家で、健康的な日々を親子ですごし、少しずつ立ち直っていく家族の様子が映し出されていました。母子家庭で、子どもの育児放棄をしてしまっている女性がどんなふうにして育児に向き合えるようになっていくか、紹介されていました。 もちろん、立ち直り不可能な親の子は、里子にだされたり、親戚のもとに預けられたり・・・その子にとって悲しみは消せないけれど、安心して愛情を受けて育つことが出来る場所を探そうという努力をするという姿勢を公共機関が持っています。完璧な方法はなくとも、社会が手を差し伸べ見捨てない。

例えば障害のある子を持つ親にとって、日常生活を送るだけでも大変なことです。
日本だったら、障害を持つ子を産んだら親が全責任を負って育て世話するのが当然だろう、という意見が多いと思います。
親が責任を持ってということは当然だとしても、親が倒れてしまうような負担を負いきれないとき、そんなふうになる前に社会がどれだけ手を差し伸べるべきか、デンマークという国の人々は考えたのだと思います。障害のある子が通える学校、週に何回かでも預かってくれ、親が休息することが出来るように、子どもが出来るだけ自立していけるよう手助けをする学校、施設。
ある、穏やかで優しいご年配の日本人のお母さんは、障害を持つ子がまだ小さ かったとき、この子と一緒に身投げしてしまいたいと思いつめたこともあった、とおっしゃっていたことを、日本に住んでいたときの私は聞き、その心を感じて、まだ高校生のときだったけど、その言葉が胸に深く残っています。この方のように、困難を乗り越えてこそ穏やかに強く優しくなれる素晴らしい方もいます。

でも、人には限界があることを見据えず、その限界をこえても頑張って当然という社会では、虐待がおこってしまうこと、虐待されている子どもが気づかれないことがおきてしまうと思います。虐待してしまう親も不幸です。
でも逆に、人には限界があることを見据え、大きな負担を負っている人を、その人の責任だからと決め付けず、社会がサポートし、見守ることによってたくさんの命が救われます。その安心感は大きい。
だから、デンマークが世界でいちばん幸せな国といわれるのだと思います。
まだまだ問題はいろいろあるし、この社会を保つこと、バランスのとり方など課題はあるけど、それでも、世界が学べるところがたくさんあります。

私は、ヤコブが船乗りで、ぐーちゃんが生後半年の頃、1ヶ月まるまる留守だったり、日常的に、3週間ずつまるまる留守で、近くには私の家族もヤコブの家族も全くいないという生活を2年以上続けました。どんなにぐーちゃんが大事でも、どんなに頑張っても、精神的に肉体的に辛いときがたくさんありました。心身に余裕がないと、つい声を荒げてしまったり、イライラとぐーちゃんにあたってしまうことだって正直ありました。密室の母子の悲しみ。助けがないさみしさ。引っ越してきて半年以上すぎてやっと店も暮らしも安定した頃、日本大使館に連絡し、この街に住む日本人のママ友さんがほしいと相談しました。そして、5月、私と同じようにこの街に縁あって来てゼロから根をはやしていくことに奮闘する友人たちに会ったのです。デンマークになじむことも大事だけど、母国語で思い切り話すこと、支えあえることがどんなに大きかったか。この出会いのおかげで私は、孤独な育児と生活から脱することが出来ました。みんな、家族や友人が遠くにあり、新しい家族を作ることに奮闘している女性たち。家族がそばにいないのだから、この街に住んでいる私たちはお互いに家族みたいになろう、といってくれました。

私は、その出会いのおかげで本当に元気になれたけど、でも、ほぼシングルマザー状態の生活をしている間、どんなに子どもを愛していても手をあげてしまう悲しいお母さんの気持ちが分かる気がしたのです。追い詰められると、人は自分を失ってしまうし、例えば悲しい子ども時代をすごした人は、子を持って始めて、過去の連鎖にとらわれてしまうこともよくあります。
日本での、虐待死の話を聞くと、胸がしめつけられます。母親を責めるだけならむしろ簡単です。母親の自己責任、鬼親、というだけでは何も生まれない。それでは意味がないと思うのです。どうしたら防げるのか、母親も含めて、子どもたちをどうやって救いそのような事件が二度とおきないようにするのか、それは個人の問題だけではないと思うのです。
日本は先進国といわれるのに、人の心への理解が、ひとりひとりはあたたかい人がたくさんいるのに、全体ではまだまだだと思うのです。
政治家たちは、センセイとよばれて私利私欲に走っているばかりではなく、もっと北欧の社会、政治家のありかたを学ぶべきだと思ってしまう私は、日本の社会のしがらみを知らないだけなのかなと思うけれど、そう願ってしまうのです。

北欧雑貨ブームが、雑貨や北欧のイルージョンづくりだけにおわらず、北欧社会そのものへの興味をもっとかりたててほしい、そのきっかけづくりを少しでも出来たらと思います。北欧雑貨を販売することによって存在できた、成長してきた会社、店は、社会へのフィードバックを、北欧社会を雑貨だけでなく社会の面からもするといいのにな、と思ってしまいます。営利目的と違うし、いろいろな店のありかたがあるから、一概にはいえないけれど・・・

"窓際のトットちゃん (黒柳徹子・著)"の校長先生は、生徒たちに、"きみたちは、みんな一緒だよ。なにをやるのも一緒だよ" といつも語って教えたそうです。

まさにこの言葉に、人間の社会の幸せのもとがあると私は思うのです。

2 comments:

  1. Thank you for writing this post in English! The photo is just fantastic. Yes - we are lucky here in DK that our kids are allowed to be kids. This picture tells the story perfectly.

    Rikke

    ReplyDelete
  2. It would be very interesting to read your thoughts in English if you have the time to translate it someday. Please tell on the blog if you do :)

    Mirjam

    ReplyDelete